SPECIAL INTERVIEW vol.02 :小林昇 Neil Kobayashi WaveRunnerPapa ボートデザイナー ヤマハ

INTERVIEW

SPECIAL INTERVIEW vol.02 :小林昇 Neil Kobayashi

2016.08.31

ヤマハ発動機勤務を経て、現在もボートデザイナーとして
日本及び世界で活躍する小林昇(Neil Kobayashi)さん。

世界初の着席型の「パーソナルジェット」やツインエンジン駆動の「Jet Boat」を考案するなど、
世界の水辺をキャンパスとしてデザインしてきた小林さんに、水上オートバイの歴史、
「WaveRunner」の開発、マリンスポーツが与える効用性ついてお話を伺いました。

SPECIAL INTERVIEW vol.02 :小林昇 Neil Kobayashi WaveRunnerPapa ボートデザイナー ヤマハ

小林さんの技術を伝承するために、退職時に作られた本「マリン技術伝承」
のページをめくりながらインタヴューがはじまりました。
この本には、商品化にいたらなかった事例を含め、多くの開発経験や設計思想が述べられています。

本当に商品にしようと考えたものが、
1970~80年で、3つあります

-小林さんが「WaveRunner」を発表される前の水上オートバイの歴史について教えてください。

SPECIAL INTERVIEW vol.02 :小林昇 Neil Kobayashi WaveRunnerPapa ボートデザイナー ヤマハ

私が生まれるはるか昔、約80年前に水上オートバイに類するような
小型の水上の乗り物がフランスの特許に見ることができます。
これは「立って、座って、寝そべって」運転できるようなもので、
形は現在の立ち乗り型のジェットスキーに似ていて、実際に作られたかどうかは不明です。
それから1950年~70年の間に、スキーの板のようなものだったり、ハンドルを動かせるものだったり、
水上オートバイに類するような小型の水上の乗物はいっぱいでてきました。
ここまでは夢物語も含めて特許として承認されております。

水上オートバイの歴史 SPECIAL INTERVIEW vol.02 :小林昇 Neil Kobayashi WaveRunnerPapa ボートデザイナー ヤマハ

本当に商品にしようと考えたものが、1970~80年で、3つあります。
アメリカのClayton J. Jacobsonさんが発明したジェットスキー型のもの、
Nelson Tylerさんが発明したウェットバイク型のもの、
Edward S. Dawsonさんが発明したサーフジェット型のもの。
この3つが商品として日本に入ってきました。
コンセプトそのものは彼らでしたが、日本のオートバイ会社や自動車会社がエンジンを供給しました。
Clayton Jacobsonさんに日本やアメリカで何度も会ったことがあるんですが、
Claytonさんもいろんな所で言っていて、
おもしろいのがパテントを取って最初に売り込みがあったのはヤマハだったんです。
アメリカのヤマハに来たClaytonさんに、ヤマハではボートやっていたものだから、
水上オートバイのような人が乗ったらぐらっとするような安定性の低いものは
あまり興味がないとお断りをしたんです(笑)。

水上オートバイの歴史 SPECIAL INTERVIEW vol.02 :小林昇 Neil Kobayashi WaveRunnerPapa ボートデザイナー ヤマハ

私が一番技術的に優れているのはNelson Tylerさんが発明したウェットバイクだと思っているんですよ。
もう1つおもしろいのが、ご存知ないかもしれませんが、
彼はロサンゼルスオリンピックの開会式に
自分で開発したロケットを背負ってスタジアムを飛んだと友人から聞きました。
彼は海に、そして空に夢を持った素晴らしい発明者のようです。

情報量がないなかで書いてはいけない
日本で一番のメッカ湘南に駐在しろ

-1970年から1980年の頃、小林さんはボートをデザインしていたのでしょうか?

私がヤマハに入ったのは1969年なんですよ。
マリンのことをやりたいと思って技術者として設計部に入りました。
堀内さん(堀内浩太郎さん)が設計部長で、
堀内さんが「大学卒の技術屋を入れていきなり図面を書かしても、うまくいかん」と、
「情報量がないなかで書いてはいけない」
「日本で一番のメッカになっている湘南にヤマハコーナーがあるからそこを改造して駐在しろ」
ということで4年半、1970年から1974年まで湘南にいたの。
日本ではまだ本格的なボートを作るという力がなくて、エンジンも小馬力でありました。
ヤマハの船外機は今、世界に誇るけど、その当時は残念ながら1桁馬力しかなかった。
とにかく海外を勉強しないといけないと。
海外の船が入ってくる場所が、横須賀に基地がある湘南なんですね。
葉山とシーボニアにヤマハのコーナーを作って、そこの責任者に私がなってみんなを集めて活動をし始めた。
マーケティングリサーチということで、乗ったらどのくらいの性能が出て、どういうエンジンで、
どうメンテナンスをして、どう設計されているのかを書いて設計部に送っていた。
4年半経って設計部へ戻ってきた。

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設計で磨いた腕で描かれたイラスト。小林さんのデザインが好きなファンが世界中にいる。

湘南時代、小さな面白い乗り物が入ってきました。当時のカナダのメーカーだったと思うが、
ハンドルがなく体重移動により操縦するもので、ボードにエンジンがついたものでした。
そんなものも、湘南地区には米軍の基地があり、休日には勤務を離れ水辺に持ってきていました。
それを見ると、沖から面白そうな外国人が立って手を組んで楽しそうに走ってきました。
「あ~、こういうものもあるんだな~」という感じで見つめてました。

当時ヤマハはアメリカから大型船の図面を買い、大型のクルーザーを設計することもありました。
高額商品を買えるのは一部のお金持ちだけで何か寂しいものを感じる時もありました。
私は大衆が乗れるものをと思って小型軽量で安価な乗り物を研究をしていた。
会社の路線とはずれていたんです。
しかし、設計部に戻って一番最初に取り組んだ仕事は大型クルーザーなんですよ。
12mのクルーザーの性能向上を狙って機関回りや、プロペラシャフトの担当をして、
多くの技術を習得して結果はよかったですが、大満足ではありませんでした。
その後「こういうものはどうですか?」と小型軽量の乗り物を提言しましたが、
時期が早かったのかいい返事はありませんでした。

60kgは重い、120kgは軽い

-そんな中で「WaveRunner」はどんなかたちで生まれたのでしょうか?

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1983年頃、会社が経営的に困難な時期を迎えるとアメリカではディーラーが売る物がないと、
どうするんだということでね、たまたまアメリカに赴任していた副社長と営業部長が、
私が湘南にいたときによく話をしていた人だったの。
「おい、小林、おもしろいのをやってるんだろ」と言われて
「こんなの(Power Ski)やってますよ」と言うと、「すぐにアメリカ持ってこい」と。
その時にアメリカに持って行ってプレゼンしたんだけど、
アメリカ人も「こりゃダメだよ」とケチョンケチョンでね。
私はもともと日本人が乗れるもの、日本人が運べるものと考えて
65kgの軽量なものを試作して作ったんですけど、
アメリカ人は体重が重くて走り出すこともできないの(笑)。

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「Power Ski」は「WaveRunner」の扉を開けるものだった。

その時にどうしてこんな発想をしたんだという話になって、
「日本の生活に合わせて、車のルーフラックに載せて運べるもの」と説明をしたんです。
そしたら「小林くん、そんなこと考えなくていい、うちの駐車場を見てみろ」
と駐車場を見みると、ヤマハの全従業員の車にトレーラーがついてたの。
「トレーラー引くのはなんの苦でもない」と。
おもしろい名言があったんだけどね「60kgは重い、120kgは軽い」と。
「どういう意味ですか?」と聞くと、「60kgは持とうとするじゃないか、60kgは持つと重い。
でも120kgのものは最初から持とうと思わない、トレーラーに載せるから120kgは軽いんだ」と。
「重量を気にしないで、運動性と機能性に優れたものを作ってくれよ」という話になって、
それはちょうど湘南の頃に考えていた、1人で乗っても楽しく、
2人でも乗れるタンデム型に近いまたがれるタイプの乗り物だと思って、
それなら任せてほしいという気持ちになった。

アメリカのディーラーを待たせてはいけないと、10か月で開発してほしいということになった。
社内にMMV(Mini Marine Vehicle)プロジェクトが発足し、
開発に間に合ってアメリカ人を乗せたら大拍手で、「これは、すごい」と、
開発から約1年で試乗、検証を繰り返し生産。
開発1年以内っていうのは最初で最後じゃないですかね。
1986年タンデムモデルの 「WaveRunner 500 (Marine Jet 500T)」の生産が始まりました。
ヨーロッパもほしいと言って、生産は間に合わなかったね。

フットボーラ―のような人たちが乗って本当の運動性を持った人が
勝てる奥行のあるスポーツにしたい

-「WaveRunner」は他の乗り物とどんな違いがありますか?

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あの当時ジェットスキーやウェットバイクはあったんですね。
当時の水上の乗り物の評価は、乗って10mくらいのところで落ちたりなんかしてみんな楽しんでいた。
でもね、熟練したら落ちる人はいないよね、そんな素人としての「楽しい」は一過性だと思っていた。
それと突起のある乗り物は浅瀬を気楽に走れなかった。
水中翼が引っかかってしまうため、浜名湖では走れない。
それと当時のいわゆる水上オートバイのレースを見てて思ったことが、優勝者が結局軽い人なんですよ。
重い人は浮力に対して運動性を出せないからチャンピオンは体重の軽い人たちがほとんどで。
私は、小さな人だけが勝てる乗り物でなく、アメリカのフットボーラ―のような人たちが乗って
本当の運動性を持った人が勝てる奥行のあるスポーツにしたいと思った。
座って、ハンドルをがっちり握って、それと余分な浮力がない、
つまり80kgの人が乗って静止したときに浮力がギリギリ安定し、
傾けたときに体重移動の効果が生かせるように船を作るというのが1つ。
それから、打ち込み水が自動的に無意識で抜けること。
そうすればガンガン乗れるし、転覆しても再度乗り込める。
後部を開放になっているから人間は後ろに下がったりね、それから自由な行動ができる。
かつ転覆しても起こして再始動ができる。後部を開放する、ここがミソなんですね。
80kgの人、2人が静止したときに浮力が安定し、
自由な運動性、自主排水能力があることに世界中の人が飛びついた。

自然と向き合うことは感動と安らぎを与えます

-小林さんが考える水上オートバイの魅力とは?

まず水上オートバイそのものとして楽しめます。
セールボートも同じだけど乗って楽しいことが乗り物の売りですよね。
しかし、水上オートバイはそれ以上の効用性があります。
セールボートやパワーボートと比較しても、より信頼性が高く、より楽しく、より機動的です。
効用性の1つはこれによって色々な水上スポーツの支援ができること。
現在、ローイングボートやボート・タグ・トーナメント(水上のボート引き競技)などの支援をしている。
この支援がないと競技そのものが成立しません。

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小林さんが考案した新しいマリンスポーツ、ボート・タグ・トーナメント(水上のボート引き競技)でも活躍

もう1つがレスキュー活動です。
水上オートバイは世界中の災害時にレスキューボートとして活躍しています。
日本の例として東北の大震災では、一隻の水上オートバイで
100人以上の人を救助した事例が報道され、新聞にも出ています。
アメリカでもこういった事例は報道され、
太平洋、大西洋、もちろんメキシコ湾の浜辺には水上オートバイが配備されています。
もちろん、ヨーロッパや他の国々でも同様です。
それだけ水上オートバイの機動性が効用を見出しています。

精神面での効用性は、「マリンスポーツとは何か」に関わる話だけど、
マリンスポーツは自然環境の中での多くの人達との出会いがあります。
その出会いは人間の成長過程に大きな役割を果たします。
水辺や水辺の乗り物を通じて、コミュニケーションが生まれ、親と子の信頼関係が生まれます。
マリン先進国ではいち早く取り入れられていて、子供の時代から水辺の活動は生活の一部であり、
精神的にも肉体的にもいい影響を与えています。

それと年をとっても、水辺で体を使い、自然と向き合うことは感動と安らぎを与えます。
さらに年をとって仮に車椅子を使用することになっても、自然や水辺のボートを再び見ることで、
過去に体験した記憶を呼び起こし、新たな活力を得ることができます。
若い頃ボートに乗っていて体をわるくした人が、
マリーナのレストランのボートが見やすいところに車椅子で来てね、
2時間、3時間ゆっくり見ていくんです。「マリンスポーツがいいな~」と思うのはそこですね。

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日本ではまだまだレジャーそのものに対して好意的に捉えられていないと感じるときがあります。
「仕事をしないで遊んでいるのは悪いことだ」とか。
報道関係では比較的マリンレジャーの効用性よりも、事故の報道が前面に出てしまうことが多い。
マリンスポーツは人間性、社会性に対していい影響を与えます。
リスク情報も大切なことですが、効用性とのバランスのとれた話題提供が大切だと思います。

-マリンスポーツを楽しんでいる方、マリンスポーツをこれから楽しむ方にコメントをお願いします。

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マリンスポーツは素晴らしいマリーナや高価なボートで楽しむだけのものではなく、
自然界の水辺で、自ら持つ知識や経験、時にはボートなどを使って
体力や精神の維持向上させることができるものです。
肩の力を抜いて、多様化した幅の広いマリンレクリエーションの中で、
いろいろなものを経験し、その中から自分に相性の良いマリンスポーツを見つけ出し、
生活の一部として長く続けることをおすすめします。

Story – WaveRunner 30th Anniversary ヤマハ発動機株式会社 |
http://www.yamaha-motor.co.jp/marine/lineup/marinejet/30th/story/

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